第7交響曲イ長調

  • BEETHOVEN’S SEVENTH SYMPHONY

    第7交響曲

    ベートーヴェンの9つの交響曲の中で、最後にジャーンと音を伸ばして終わるのは5番の《運命》だけ、あとはみんな短いアッコードで終わる。序奏がついているのは1番、2番、4番、そしてこの7番。

    ベートーヴェン音楽の真髄は、9つの交響曲にあります。ピアノやヴァイオリンのソナタ、弦楽四重奏、その他の作品も、音楽史の上ではむろん大きな価値を持っていますが、これらの作品は全て9つの交響曲の縮図だといっても過言ではありません。その中で、この第7番の交響曲は独特の性格を持ち、ある意味では最もベートーヴェンらしい作品と見ることもできるでしょう。何より大きな特徴は、旋律を歌うアンダンテ、あるいはアダージョのテンポの遅い楽章がないということです。全曲を一貫してリズムの要素が強調され、ワーグナーはこの曲を、“舞踏の聖化”と評しました。当時緩徐楽章として扱われた第2楽章は、最初から6小節は旋律線が全く動かず、和声進行とリズムにその表現の全てが託されています。〈永遠のアレグレット〉と呼ばれるこの楽章は、すべてのベートーヴェン音楽の中で、最も素晴らしいものの1つです。

    ベートーヴェンは、丁度この交響曲を書く頃から、それまで使っていたラッパ型の補聴器をやめ、筆談帳を使うようになりました。ベートーヴェンの使っていた補聴器というのは、メトロノームを発明したメルツェルの考え出したもので、豆腐屋の使っていたラッパのような形をした極簡単なものでしたが、この曲を書く頃にはもうそんなものでは役に立たないほど、彼の耳は悪化していました。そこで彼は、会話をしたい相手にまずペンを差し出して内容を帳面に書いて貰い、それを読んで返事をしゃべったのです。

    今ではベートーヴェンに関する研究が独立し、ベートーヴェン学と呼ばれるようにさえなりましたが、この筆談帳はベートーヴェンの日常生活そのままの記録ですから、ベートーヴェン学にとっては最も貴重な資料になりました。残念ながら第7交響曲の頃、つまり筆談帳を使い始めた頃のものは現在まで発見されず、捨て去られてしまったものと思われますが、1819年から27年まで、ピアノの作品でいえば作品106の《ハンマークラヴィーア》から以後、弦楽四重奏曲でいえば作品127以後、交響曲でいえば最後の第9《合唱》の時期、この8年間の筆談帳全部で137冊が、現在では東ベルリンの国立図書館に保存されています。

    なおこの交響曲の第2楽章ほど、ベートーヴェンの他の交響曲と比べて、指揮者の個性によってまちまちな表情を与えられるものはなく、いろいろな名指揮といわれる人たちのレコードを聴き比べてみるのもまた一興でしょう。姉妹芸術といわれる絵画とは違って、そのいずれも正真正銘本物のベートーヴェンであること、言うまでもありません。

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NamikizakaRecords

地方に生まれ、風俗が地場産業の熊本で育ち、幼い頃から身近な存在だった。大人たちの赤裸々な姿を見ながら遊んでいたので、見よう見まねから始まって自然と男と女の体験は数えられず、風俗の中で暮らしています。