ピエール・ブーレーズ ― 創造は予期せぬ処に存在している

Creation exists only in the unforeseen made necessary

パリ音楽院で作曲をメシアンらに学び、1946年からジャン=ルイ・バローのマリニー劇場に所属して気鋭の作曲家兼指揮者として活躍するとともに1955年、その後援でドレーヌ・ミュジカルを創設し指揮にあたった。また1959年からは南西ドイツ放送交響楽団の常任指揮者を務めるとともにダルムシュタット夏期現代音楽講座やバーゼル音楽院、ハーヴァード大学などで教え、1966〜70年にはバイロイトで「指環」を指揮してパトリス・シェローの演出共々大きな話題を呼んだ。1967年クリーヴランド管弦楽団、1971〜77年ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督をつとめ、この間に1971〜75年にはBBC交響楽団の首席指揮者も兼任するなど、活発な演奏活動を行った。そして1975〜91年のIRCAM所長時代は、もっぱら同研究所のアンサンブル・アンテルコンタンポランを指揮したが辞任後は再び活発な演奏活動を行ない、ウィーン・フィルやシカゴ交響楽団などを指揮して以前に勝る名声を博している。

指揮者ブーレーズの名を一躍高めたのは何といってもフランス国立管弦楽団との「春の祭典」(1963年、デノン)で、明晰な表現で作品の隅々まで新たな光を当て、端的に曲の核心をついた演奏は、まことに新鮮かつ鮮烈だった。そして醒めた眼で作品を細部まで見据えて、その一音一音にまで透徹した表現を行き渡らせたブーレーズの演奏はドビュッシーやラヴェルの管弦楽曲集をはじめ、バルトークや新ヴィーン楽派の作品でも、これまで聴くことの出来なかったような精緻で、しかも確かな構成力と研ぎ澄まされた活力を持つ透徹した演奏を聴かせてくれた。ヴェーベルンの作品全集(1967〜72年、ソニー・クラシカル)も、20世紀を代表する音楽的知性であるブーレーズならではの仕事といってよいだろう。そして90年代に指揮活動を再開したブーレーズは、バルトークをはじめとする近代の作品たちをドイツ・グラモフォンに再録音して、そうした明晰で醒めた解釈に驚くほどデリケートで、かつ強く柔軟な表現力を加えた演奏で聴き手を驚かし感嘆させた。より精緻な表現で怜悧に作品に迫った以前のブーレーズと現在のブーレーズの、どちらを採るかは難しいところだが世界のトップ・オーケストラを指揮してマーラーなどにも本格的に取り組むなど、その活動領域とレパートリーをより拡大した指揮者ブーレーズが、さらにどのような地平を開いて行くか、その動向はやはり眼が離せない ― 存在の筆頭だった。

作曲家そして指揮者して活躍するばかりでなく、教育者、さらに現代音楽の擁護者として20世紀音楽の発展に大いに貢献してきたピエール・ブーレーズ氏が2016年1月5日、ドイツ、バーデン=バーデンの自宅で亡くなりました。深くご冥福をお祈りいたします。

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