イメージから程遠くドラマティック過ぎる◉フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル◯ベートーヴェン・交響曲6番「田園」

イメージから程遠くドラマティック過ぎる◉フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル◯ベートーヴェン・交響曲6番「田園」

そこがフルトヴェングラーの悪い癖、いや、超スローテンポが次第に加速していく意思的な表現になっているところがフルトヴェングラーらしい。 ピリオド楽器演奏や、ベートーヴェン時代の音楽習慣が研究されて、それを反映した現代の演奏に慣れきると、巨大なスケールに驚かされる。この曲の持つ一般的イメージからはほど遠い・深刻かつ重い表現です。  極めて遅いテンポで、じっくりと始まって徐々に巨大に高揚していく。特に第1楽章と第2楽章は異様に思えるほどにテンポが遅い表現で、一部評論家からはフルトヴェングラーの「田園」はドラマティック過ぎるという評が昔出ていたほどだが、それも頷ける。しかし、音楽が停滞したりもたれると感じることは全く有りません。  先輩格のニキッシュから習得したという指揮棒の動きによっていかにオーケストラの響きや音色が変わるかという明確な確信の元、自分の理想の響きをオーケストラから引き出すことに成功していったフルトヴェングラーは、次第にそのデモーニッシュな表現が聴衆を圧倒する。当然、彼の指揮するオペラや協奏曲もあたかも一大交響曲の様であることや、テンポが大きく変動することを疑問に思う聴衆もいたが、所詮、こうした指揮法はフルトヴェングラーの長所、特徴の裏返しみたいなもので一般的な凡庸指揮者とカテゴリーを異にするフルトヴェングラーのキャラクタとして不動のものとなっている。  全く機械的ではない指揮振りからも推測されるように、楽曲のテンポの緩急が他の指揮者に比べて非常に多いと感じます。しかし移り変わりがスムーズなため我々聴き手は否応なくその音楽の波に揺さぶられてしまうのである。  フルトヴェングラーはブラームスを評して「非常に客観的な音楽家」といい、「音楽における客観とは、音楽と精神、精神と音楽が結び付いてひとつになった時に起こるのである」といっています。この偉大な指揮者はブラームスの音楽は彼の哲学そのものであると喝破したのです。それは、そのままベートーヴェンにも当てはまり。それがドイツの交響曲に対する彼の表現方法なのだろう。  ここでは弦楽器の美しいウィーン・フィルの特質が活き、十分に歌わせ柔らかく艶やかな音色が音楽に寄り添って、かつての田園風景に誘います。超スローテンポで始まる前半。第2楽章が特に遅い。一方、第5楽章は次第に少しずつ速くなっていってしまう。しかし、それはテンポを支える内容の濃さを持っている事にほかならない。  フルトヴェングラーの音楽を讃えて、「音楽の二元論についての非常に明確な観念が彼にはあった。感情的な関与を抑制しなくても、構造をあきらかにしてみせることができた。彼の演奏は、明晰とはなにか硬直したことであるはずだと思っている人がきくと、はじめは明晰に造形されていないように感じる。推移の達人であるフルトヴェングラーは逆に、弦の主題をそれとわからぬぐらい遅らせて強調するとか、すべてが展開を経験したのだから、再現部は提示部とまったく変えて形造るというような、だれもしないことをする。彼の演奏には全体の関連から断ち切られた部分はなく、すべてが有機的に感じられる。」とバレンボイムの言葉を確信しました。これが没後半世紀を経て今尚、エンスーなファンが存在する所以でしょう。 フルトヴェングラーだけが成し得た、人間感情の吐露が神々しさと凌ぎ合っているところに魅力を覚えるのです。通販レコードのご案内US HMV LHMV1066 フルトヴェングラー/ウィーン・フィル ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」 本盤聴くに際して戦後10数年しか経過していないのに大戦を戦った敵国の20世紀で最も偉大な指揮者のひとり、ヴィルヘルム・フルトヴェングラーを最高の指揮者と見なしていた証左と思える傑作盤 ― 米国はフルトヴェングラーを国の歴史の激動の時代を通じて、彼自身を偉大なドイツの音楽の伝統の忠実な守護者と見なし、決してスコアへの彼のアプローチはヒットラーのように独裁的ではなかったと感じ取っていたことが本盤からぷんぷん匂います。 戦後のスタジオ録音でフルトヴェングラーの録音の中では音が良い。 ― 一概にフルトヴェングラーの音が悪いというのは、演奏された響きに対して録音の響きが浅いのだ。 ― フルトヴェングラーの EMI 録音のなかでは音の彫りが深く、ヌケが良くウィーン・フィルの弦楽、木管、ホルン等が美しく聴こえます。フルトヴェングラーの音に悩まずに済むレコードです。1952年11月ウィーン楽友協会大ホール、フルトヴェングラー晩年のウィーン・フィルとの「田園」スタジオ正規録音です。 プロダクト品番34-27137レコード番号LHMV1066作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンオーケストラウィーン・フィハーモニー管弦楽団指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー録音種別MONO1952年11月ウィーン楽友協会大ホールでのスタジオ録音。 販売レコードのカバー、レーベル写真 米国HMV社製, フラット MONO (190g)重量盤, Stamper E3RP-5342 1S/1S。 コンディション ジャケット状態M-レコード状態EX+製盤国US(アメリカ合衆国)盤 通販レコード詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。オーダー番号34-27137販売価格3,300円(税込) < div class="analogsound"> ヴィルヘルム・フルトヴェングラーは、つねにトスカニーニ、ワルターと並称される20世紀最大の巨匠であるが、その役割は、ただ指揮者として偉大であったというばかりでなく、唯物的感覚的な今日の音楽認識世界のなかで、正統的ロマン主義を意義づけ、音楽の思弁的有機的意味を復活した、というような点でも歴史的存在なのである。フルトヴェングラー年譜1886年(明治19) 0歳1月25日、ベルリンにて誕生。父は高名な考古学者アドルフ・フルトヴェングラー(1853~1907)。1906年(明治39) 20歳2月19日、カイム管弦楽団(現在のミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)を指揮してデビュー。ベートーヴェンの“献堂式”序曲とブルックナーの交響曲第9番を演奏。1922年(大正11) 36歳1月23日に急逝したアルトゥール・ニキシュ(1855~1922)の後任として、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(1928年まで)およびベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任。1926年(大正15) 40歳10月16日、初録音。曲目はウェーバーの歌劇“魔弾の射手”序曲。1927年(昭和2) 41歳フェリックス・ワインガルトナー(1863~1942)の後継としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任(1930年まで)。1933年(昭和8) 47歳9月15日、プロイセン枢密顧問官に就任。11月15日には帝国音楽院副総裁に就任。1934年(昭和9) 48歳11月25日、ドイッチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥンク日曜版に「ヒンデミット事件」と題した論文を投稿。ヒンデミットの歌劇“画家マチス”を上演禁止したナチスと対立。12月5日、プロイセン枢密顧問官および帝国音楽院副総裁を辞任。1935年3月に両者和解し、指揮台に復帰する。1937年(昭和12) 51歳10月8日と11月3日、戦前最高の名盤と謳われたベートーヴェンの交響曲第5番を録音。1942年(昭和17) 56歳4月19日、ヒトラー生誕前夜祭でベートーヴェンの交響曲第9番を指揮。1944年(昭和19) 58歳12月、戦災に苦しむ同胞のためウィーン、ムジークフェラインザールにてベートーヴェンの交響曲第3番“英雄(エロイカ)”を放送用に録音。1953年にアメリカ、ウラニア社がレコード化し「ウラニアのエロイカ」として有名な録音となる。1945年(昭和20) 59歳1月28日、ウィーン・フィル定期演奏会へ戦前の最後の出演。1月30日にウィーンを発ちスイスへ亡命。第2次大戦終結後、連合軍から戦時中のナチ協力を疑われ、演奏禁止処分を受ける。1947年(昭和22) 61歳5月25日、「非ナチ化」裁判の無罪判決をうけ、戦後初めてベルリン・フィルの指揮台に立つ。曲目はベートーヴェンの交響曲第5番“運命”、同第6番“田園”ほか。1948年(昭和23) 62歳10月24日、ベルリンでブラームスの交響曲第4番を指揮。実況録音が巨匠没後の1959年にLP化され、同曲最高の名演の一つと言われるようになる。1951年(昭和26) 65歳7月29日、バイロイト音楽祭再開記念演奏会でベートーヴェンの交響曲第9番を指揮(7月29日)。このときの録音は彼の没後にLP発売され「バイロイトの第9」として有名になる。1952年(昭和27) 66歳11月26、27日、EMIへベートーヴェンの交響曲第3番“英雄”をセッション録音。同曲録音集、また巨匠のセッション録音中でも屈指の名盤との評価を得る。1953年(昭和28) 67歳5月14日、DGへシューマンの交響曲第4番をセッション録音。巨匠の最も優れたレコーディングとして知られるもので、音楽之友社刊『新編名曲名盤300』でもこの曲のベスト・ワンとして推されている名盤。1954年(昭和29) 68歳11月30日、ドイツ、バーデン=バーデンにて肺炎により死去。 (さらに…)...
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音楽が影響をもたらすものはない/愛されていると意識すること〜愛の讃歌 エディット・ピアフのすべて

音楽が影響をもたらすものはない/愛されていると意識すること〜愛の讃歌 エディット・ピアフのすべて

「二人分の人生を生きたわ」と自らを回想したほど。波乱に満ちた人生を送ったピアフの全て。グラミー賞名誉賞を受賞した「ばら色の人生(La Vie En Rose)」からラスト・ソングまでをヒット曲で追体験する。通販レコードのご案内《仏パテ・マルコーニ盤》FR COLUMBIA 2C152-12 430/2 エディット・ピアフ 愛の讃歌「愛の讃歌」「ばら色の人生」など、数々の名曲を残したフランスの国民的シャンソン歌手、エディット・ピアフ。彼女の死後1973年に発売された、3枚組ベストアルバムです。1946年の「ばら色の人生」から、1963年最後の曲「ベルリンの男」まで、ピアフの一生を年代別にヒット曲で追った構成となっています。仏パテ・マルコーニ制作盤。盤の状態も良く、第2面7曲目以外ほぼノーノイズです。 Side-1La Vie En RoseLes Trois ClochesC'Est MerveilleuxUn Refrain Courait Dans La RueJ'm'en Fous Pas MalUn Homme Comme Les AutresLe Prisonnier De La TourSide-2Bal Dans Ma RueHymne à L'AmourIl Fait Bon T'AimerLa Fête ContinueLe Noel De La RuePadam... Padam...Bravo Pour Le Clown !Side-3Johnny Tu N'es Pas un AngeL'Effet Qu'tu M'faisLa Goualante Du Pauvre JeanSous Le Ciel De ParisPour Moi Tout'SeuleC'est A HambourgL'AccordéonisteSide-4Les Amants D'un JourL'Homme à La MotoComme MoiSalle D'attenteLa FouleJe Sais CommentMon Manège à MoiSide-5MilordNon Je Ne Regrette RienMon DieuLes Amants MerveilleuxLes Mots D'amourToujours AimerC'est Peut-être çaSide-6ExodusMarie TrottoirLes Amants - Edith Piaf; Charles DumontLe Diable De La BastilleA Quoi ça Sert L'amourLe Chant D'amourL'homme De Berlin オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 音楽はその日一日をいい気分にしてくれたり、ちょっとした気分転換ができます。しかし音楽には、テンションを上げてもエクササイズを促したり、痛みを紛らわせることはあっても、怪我を癒す力はありません。「戦争をやめさせるための音楽」というテーマで、3月18日にTokyoFMで放送された番組で村上春樹さんは、音楽に戦争をやめさせるだけの力があるのか?正直言って、残念ながら音楽にはそういう力はないと思います。でも聴く人に「戦争をやめさせなくちゃならない」という気持ちを起こさせる力はあります。と前置きして、広い意味での反戦歌を含む数曲をセレクションしていました。1990年代には、「モーツァルトを聴きながら勉強すると、テストでいい点数が取れる」という研究結果が広く知られていましたが、最近ではオフィスワーカーの生産性向上に最適な音楽など存在しない、ということです。  ライヴはパフォーマンスを楽しみに行くのではないでしょうか。20世紀最大のシャンソン歌手と言われたエディット・ピアフは1915年軽業師の父と路上の歌手を母に、パリの下町で生まれる。幼児から父に連れられて、場末の町から町を歌って歩いた。ピアフ10歳のとき、父親が病気になった。ピアフは街頭で「ラ・マルセイエーズ」を歌った。それで、お金を稼ぐことができた。18歳のとき、ルイ・ルプレに見いだされて、モーム・ピアフの名でデビュー。たちまち大スターとなった。生涯に280ものレコーディング曲を残し、とりわけ「バラ色の人生」(La Vie En Rose)と「愛の讃歌」(Hymne à L'Amour)は世界的なヒットとなった。ただし、華やかな男性遍歴、殺人容疑や交通事故、麻薬と酒に溺れた日々。「二人分の人生を生きたわ」と自らを回想したほど。波乱に満ちた人生を送った。  ピアフの恋愛と歌はほとんどいつも一緒。だから、ピアフが歌った歌をたどれば、誰と恋愛関係にあったのかが分かる。ピアフによって才能を見出された男たちは、ピアフが次の恋に落ちても、彼女から去ることはなく、友人関係を続け、ピアフのためのシャンソンを提供し続けた。だから、その人数は減ることはなく、増える一方だった。  恋に溺れ、破天荒な生活を送り、身体を壊し、傷つけば傷つくほどに、彼女が不幸を味わえば味わうほどに、ピアフの歌は凄みと切実さをまし、ファンはピアフへの愛情を募らせ熱狂し、その熱狂を受けてピアフは満たされた。ピアフは、とにかく愛し愛されている実感がほしかった。歌手には、聴衆、ファンの存在は不可欠だ。歌が命であるピアフにとって、聴衆はその命を育んでくれる存在だった。愛の実感がなければ、生きている実感が得られない。だから、ピアフは聴衆を大切にした。一つ一つの舞台に全力を投じるだけではない。彼らが喜ぶような人生を全力で生きた。  ピアフが亡くなったのは、1963年。47歳の若さだった。ペール・ラシェーズ基地にお墓がある。彼女のそのライフスタイルゆえに、カトリック教会のパリ大司教は葬儀におけるミサの執行を許さなかったが、その葬式には4万人以上のパリ市民が殺到し、パリ市内は大渋滞になったそうです。死はその翌日に公表されたが、同日に友人のジャン・コクトーが死去した。ピアフの死に衝撃を隠せず「何ということだ」と言いながら寝室へ入りそのまま心臓発作で息を引き取ったという。シャルル・アズナブールは第二次世界大戦後、パリの交通が完全にストップしたのはピアフの葬儀の時だけだったと述懐している。  ピアフの人生は品行方正ではないから、道徳の教科書にのることはないだろう。今日、ピアフはフランスで最も偉大な歌手の一人として記憶され、尊敬されている。フランスではいまだに彼女のレコードが売れ続けている。ピアフの歌も人生も、熱くて思いから、人生をただ軽やかに行きたいと願う人にとっては、少しうっとうしいかも知れない。彼女の生涯は悲劇的な私生活と一連の名声、そしてステージ上で轟くような力を備えた声と華奢で小さな姿がコントラストとして現れたものであった。  聴かれるための音楽じゃないもの。サティの家具の音楽であり、ラヴェルのボレロがそうでした。ピアフがナイト・クラブのマネジャーだったルプレに見出された頃、アメリカで創業した「ミューザック(Muzak)」という企業がBGMを普及させるために盛んにアピールしていたのが、「BGMを流すことで工場の生産力が上がる」という売り文句でした。つまり、BGMは「工場の作業中に流すために誕生した」ものです。当時のイギリスにおいても音楽と工場労働の関係性は注目されており、「工場で音楽を流すことで生産性が6~11%上昇した」との研究が報告されています。この結果を受け、BBC(英国放送協会)が「Music While You Work(労働者のための音楽)」というプログラムを放送開始。この番組は全英90%もの工場で利用され、実際に「集中力が高まり、事故が減少した」との効果が認められました。  日本において最初に労働環境でのBGMを本格的に導入したのは、1958年のこと。「ナショナル(現・パナソニック)」の工場で、BGMサービスが開始されました。そして3年後の調査の結果、97%の従業員がサービスの継続を希望し、「仕事が楽しくなった」「時間が過ぎるのが早くなった」「病欠や欠席が減った」「怪我が少なくなった」などなど好評で、ストレスで診療所に訪れる職員が3割減少したそうです。「ポーラ化粧品静岡工場」「東芝深川工場」「ソニー厚木工場」などで、BGMを導入されていきます。ここで言われているBGMを、現在有線放送で聞こえてくるBGMと混同しないでください。映画音楽や、バンド演奏ではなく、流行性の音楽や好き嫌いが起こる音楽ではありません。著作権も問題されない、専門の作曲家による24時間、365日途切れるところのない音楽です。サティの家具の音楽や、ラヴェルのボレロが延々と繰り返されるのをイメージしてもいいでしょう。それはレンタルで提供され、季節ごと、天候ごとに多様にシリーズが有りました。  「騒音」は空調換気系統の室内騒音であったり、室外機やポンプ等の屋外に設置された機械からの騒音であったりします。テレマン作曲の「食卓の音楽」は、様々な楽器編成の音楽で変化が在り、すべてを聴くには4時間かかりますが、音楽の愉悦に浸りながら食器の物音や、咀嚼する音を気にしないで食事を楽しめたでしょう。喫茶店や、レストランでレコードが利用されるのは蓄音機が普及する、昭和5年からです。「女ボーイ」と呼ばれた女給さんが、店頭に据えつけられた手回し蓄音機でジャズなどを鳴らして、お客を呼び入れていました。  休憩時間にコーラを飲みたくなる気分になる、仕掛けをしたアメリカ映画もありました。最近「モスキート音(1.7KHz程度の音)を流すことによって若者のたまり場になることを防ぐ」というような話題がありますが、これは20歳程度の人までが聞き取ることができる高周波音を発することによって不快感を与え、長居させないようにする手段の一つになっているのです。そう、喫茶店やレストラン、スーパーでのBGMの目的はそれぞれです。聞き耳をたてさせるクラシック音楽は適しません。BGMの音量が小さすぎると、BGMが掻き消されて演出効果は見込めず、かといって音量を上げるだけでは、店内がうるさくなるだけの不快な環境をつくりだしてしまうことが懸念されます。男性の方が女性より大きい音量を快適と感じることは、過去の研究で示されており、さらに、年齢層が上がるにつれて、快適な音量は明らかに上昇することも示しており、客層属性に合わせた音量調節も新たな演出手法になる。スーパーは商品搬送音や、他の客の会話や物音が増します。購買意欲を促す効果も大事です。気になる音楽ジャンルにならないもので、リズムのある音楽が重要です。カフェでは、回転率を上げるランチタイムにはボサノヴァはいいでしょうが、客単価を上げる時間には食欲を増進させる工夫が必要でしょう。メロディーが穏やかな、ヒーリング曲では、睡眠を誘導します。気持ちを内面にも向けてしまいますから、ヨガには向きますが、ポップス歌謡が和やかな雰囲気で、会話をうまく引き出すでしょう。聞こえるか聞こえないかという音量は暗騒音に等しく思えます。ドライブには穏やかな曲、会話が聞き取りづらいぐらいが心地よく、リズムが一様な音楽は危険だとされています。  事務所だから、音楽は必要ないと言われたこともあります。銀行や病院、魚市場ではどうでしょうか。退屈さを紛らわせ、作業者の注意力を維持するので、工場での音楽は、生産性向上に役立つかもしれません。しかし、じっくり考えたり、認知力を駆使したり、複雑な問題を解決したりすることが必要な仕事の場合、音楽の生産性向上効果はまったく違ったものになります。数字を使ったり、何かの順番を覚えたりする勉強をしているときに音楽を聴くと、頭に入りにくいというものです。よく知っていて好きな曲なら、作業を楽しくしてくれ、生産性向上につながるのではないかと。その実験の結果、最も良かったのは、何も聴かない人たちだったのです。音楽が記憶力や情操にいいというのなら、授業中にイヤホンつけていてもいいでしょうにね。 音楽には人を幸せにする効果があり、元気や勇気を与えてくれるからです。生産性のためには何も聴かないほうがよいとわかっても、聴きたい人はいるでしょう。生産性を最大化しつつ好きな音楽を聴きたいなら、2~3時間ごとに15分間の音楽休憩を取れば生産性を上げることは、他の研究でも示されています。私たちは、知っている音楽を聴くと長期記憶を司る脳の海馬が刺激されます。そして、かつてその曲を聴いたときに体験したことなど、関係のある記憶が引き出されるのです。もし、何か暗記しなければいけないことがあるのになかなか覚えられない場合は、最初に覚えようとしたときに聴いていた音楽があれば、それを聴き続けるとうまくいくかもしれません。 運動をするときに音楽を聴くとプラスに働くことがわかっています。それは、音楽が疲労から気をそらしてくれるからで、最も効果的なテンポは1分間に120~140ビートだとか。これは、一般的なアップビートのダンスミュージックの速さです。音楽が免疫力アップに役に立つということは、音楽を聴いて気分が良くなると、生理学的な変化が起こり、それがストレスの軽減や免疫力アップにつながるからです。生産性を上げるために疲れを感じさせなくしたいときには、エクササイズの場合と同じで、テンポの速い音楽は脳の動きを助けるようです。お気に入りのポップミュージックを聴いてみてください。音楽の種類を変えることで、疲れを感じにくくなります。どのような種類の音楽を聴いてもドーパミンは分泌されるので、ムードを高揚させる効果はあります。 (さらに…)...
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愛がそこから湧き出るように、その音符を愛してください*バルビローリ指揮BBC響 ベートーヴェン・交響曲第3番《英雄》

愛がそこから湧き出るように、その音符を愛してください*バルビローリ指揮BBC響 ベートーヴェン・交響曲第3番《英雄》

通販レコードのご案内バルビローリのベートーヴェンは比較的珍しく、稀少レパートリーのコレクターズアイテム。《英初期カラー・スタンプ・ドッグ盤》GB EMI ASD2348 バルビローリ ベートーヴェン・交響曲3番「英雄」 バルビローリ卿晩年の演奏ですが、音楽は冒頭から表現意欲にあふれ、遅いテンポの中にさまざまな要素が、丹念かつドラマティックに描き込まれて情報量はとにかく膨大。この指揮者が元来、劇的なものへの強い志向を持っていた事を十分に窺わせるユニークな名演です。  “良質なワインのように、年を経るに連れて芳醇な味わいを醸しだした指揮者”と評されるように、バルビローリは典型的な大器晩成型で、極めてヒューマンな人柄とリハーサルのたびごとに『その音符を愛してください、愛がそこから湧き出るように』と楽員に呼びかけたという音楽への奉仕者の姿は、聴衆と楽員の双方から敬愛を浴びた。  1967年ステレオ録音の『英雄』は、ロマン主義的なベートーヴェン ー しかも〈ロマン主義的傾向〉、ロマンティックな情緒と言い換えたほうが理解しやすいだろう ー がデフォルメされて表現されている。激しく好みの分かれる演奏だろう。この演奏は、バルビローリの音楽を愛する人々でなければ、なかなかに容認できない程の個性を備えており、この演奏によって、場合によってはベートーヴェンのこの交響曲を誤解してしまうという危険さえ孕んでいるとも言える。しかし、わたしはここに ー 別項を立ててもいいくらいに ー 拘りたい。折しも同時期に起こる〈古楽器演奏〉それを尻目に徹頭徹尾、晩年のバルビローリ流に染め上げられた良く歌い、伸びやかな、発見も有るベートーヴェンだ。  際立って長いのが第2楽章であり、音楽が止まってしまうのではないかと思うほどギリギリ瀬戸際のテンポで、一音一音を慈しむかのように音を紡いでゆくそのスタイルは、彼のマーラーにもつながるような節がある。進めば進むほどテンポが遅くなり、それはあたかも大地のうねりのようである。しかし決してテンションが下がることはなく、聴く者の耳を離さないパワーと緊張感と魅力に溢れている。ウィーン・フィルは都合がつかなかったのか、彼が後世に遺したいベートーヴェンを演るには当時のハレ管では崩壊しただろう。そこでBBC交響楽団の技量と底力に期待し、最善の可能性を感じたのだろう。遅咲きの狂い咲き、ならぬ。翌年急逝する最後の大輪、ギリギリのチャンスだったのだ。バルビローリのベートーヴェンの交響曲録音は意外に少なく調べた限りでは次の5回となります。  ベートーヴェンの交響曲第4番:ニューヨークフィル(1936年録音)/交響曲第5番:ハレ管弦楽団(1947年録音)/交響曲第1番:ハレ管弦楽団(1958年録音)/交響曲第8番:ハレ管弦楽団(1958年録音)/交響曲第3番:BBC交響楽団(1967年録音)。  この時代の巨匠と言われた指揮者のなかでは、異例と言っていいほどの少なさです。そして、最もバルビローリらしさが炸裂しているのが、この「エロイカ」でしょう。スローなテンポで朗々と歌われる「エロイカ」は、バルビローリだからこそ成し得た名演だと思います。是非、一度聴いて下さい。 詳細掲載ページ (さらに…)...
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真空管アンプで楽しみたい名曲名盤レコード〜オリンピックなら金メダル級のデッカ・ロンドンのベスト100 定番16〜20

真空管アンプで楽しみたい名曲名盤レコード〜オリンピックなら金メダル級のデッカ・ロンドンのベスト100 定番16〜20

往年のまさに定盤中の定盤として一世を風靡した盤の日本国内初出盤。アナログ的で引き締まった密度のある音と音色で、楽音も豊か。情報量が多く、対旋律の細部に至るまで明瞭に浮かび上がってくる。高域は空間が広く、光彩ある音色。低域は重厚で厚みがある。オーケストレーションが立体的に浮かび上がる。モノクロではなくこんなにカラフルで立体的な音響。 再生音だけではなく、半世紀以前制作盤とは思えない状態と豪華装丁には驚かれるとおもいます。ハンドメイドの余韻が感じられます。是非英国オリジナル盤所有する方、比較試聴して頂きたい。低評価に放置されていた国内最初期盤に、こんな良い音刻まれていたのか!と吃驚する。 通販レコードのご案内JP LONDON SLC1646 ハンス・シュミット=イッセルシュテット/ウィーン・フィルハーモニー管 ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」/エグモント序曲自然に対する讃美をのびやかに再現した《田園》。ベートーヴェン屈指の人気曲をドイツの名指揮者シュミット=イッセルシュテットが名門ウィーン・フィルを指揮し、ドイツ音楽の伝統を踏まえた演奏で再現しています。録音はハイファイとして評価が高かった当時の英デッカの特徴である、高音弦のややきらびやかなサウンドに仕上がっています。1967年4月ウィーン録音。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 通販レコードのご案内JP LONDON SLC1143 アンセルメ/スイスロマンド管 チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」ハイライトアンセルメが最も得意としたロマンティック・バレエを代表する《白鳥の湖》の聴きどころを一枚に収めたアルバム。古今東西のバレエ音楽の中でも最も普遍的な人気を獲得している名作が、チャイコフスキーの作曲した3作品です。スイス生まれの大指揮者アンセルメが録音した、名盤の誉れ高い全曲盤からの抜粋。「バレエ音楽の神様」と呼ばれたアンセルメの豊富な経験に裏付けられた巧みな演奏は、華やかな舞台を彷彿とさせる楽しさに満ちています。1959年6月ジュネーヴ、ヴィクトリア・ホール録音。どこの国の音楽を演奏するときでも、オーケストラは、常に美しく高鳴らなければなりません 1978年の夏にスイスを訪れた志鳥栄八郎に、スイスの音楽関係者のひとりが、こう言ったとのことだ。「いまスイスの音楽界は、太陽が沈んで、暗闇の状態です。」この太陽がエルンスト・アンセルメであることはいうまでもない。  これほど、生前のアンセルメの存在は巨大だったし、その功績も、はかりしれないものがあったのである。だからこの、アンセルメ没後10年を記念して、ジュネーブで“アンセルメ国際指揮者コンクール”が開かれるようになった。  アンセルメは、1883年にスイスのヴェヴェイで生まれ、1969年の2月に、86歳の天寿をまっとうした、スイスの誇る世界的な大指揮者である。青年時代に数学を学んだが、その後、指揮者の道を選び、1918年にスイス・ロマンド管弦楽団を創設し、1968年の秋に勇退する約50年の間に、このオーケストラの実力を世界的な水準にまで引き上げたのであった。ひとりの指揮者が、約半世紀も同じオーケストラを指揮するということは、驚倒すべき記録で、歴史上、まだ数人しかその例を見ない。アンセルメにとって、スイス・ロマンド管弦楽団は、まさに、自在に演奏できる“愛器”のようなものだったのである。  彼は、世紀のバレエ興行師と言われたバレエ・リュッスの主宰者ディアギレフと親交を結んでから、ドビュッシー、ラヴェル、オネゲル、マルタンらとも親しくなり、こうした一流の作曲家たちの作品を、数多く初演している。こうしたところをみても、この巨匠の体には、近代・現代音楽の歴史が、深く彫り刻まれていたといってよい。  アンセルメは、フランス、スイス、イタリア、スペイン、ロシアの音楽を得意としていたが、ドイツ音楽にも深い理解を示していた。そして、これらの音楽を、いつも客観的な態度で見つめ、精密な設計で組み立て、表情豊かに、しかも光彩陸離にまとめあげるのを得意としていた。  彼は、2度来日しているが、亡くなるわずか半年前の1968年の夏に来日した時、アンセルメと京都を旅した志鳥は、その時アンセルメが語った、「ラテン系の音楽とゲルマン系の音楽とでは、もちろん、音楽の内容も、また響きも、大いに違います。しかし、どこの国の音楽を演奏するときでも、オーケストラは、常に美しく高鳴らなければなりません」といった言葉を、思い出すということだった。このように巨匠は、いつも〝美しい響き〟を追究していた人なのであった。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 1.比類なき広大な周波数レンジ(10Hz~35KHz)、2.めざましいトランジェント特性(卓越した解像度)、3.迫真のエネルギー感(瞬発力ある圧倒的な迫力)、4.低歪率(清澄な透明感、混濁のない音質)、5.アナログの精密度(キメが細かい、なめらかな肌触り)等のクオリティを有し、特別高品質材料を使用した超重量レコード(180g)に特別限定プレスと謳われた宣伝文句は30年前は「誇大広告」と不審に思いましたが、オーディオ装置止揚した故か、やはり一級のオーディオファイル盤として再認識。超一流アーティストで構成した、クラシックのベーシック・ライブラリー。DECCA黄金時代の名盤が勢揃い。 通販レコードのご案内JP LONDON SLC4473 スタンリー・ブラック/ロンドン・フェスティヴァル管弦楽団と合唱団 大いなるロシア!フェイズ4の華やかな録音が世界各国の美しいメロディーをさがしました。楽しいお国めぐり、今回は……1960/70年代に君臨したムード・ミュージックの雄、スタンリー・ブラック。ロシアものともなれば極めつけ。ロシア民謡をはじめとするお馴染みの旋律が雄大なサウンドに変身。こういう徹底して真剣にドラマティックな造り方は、今となっては生れ得ない貴重なもの。とくに東西という枠組がなくなりつつある現在では。Side-1メドウランド二つのギターモスコーの夜は更けてバラライカでSide-2剣の舞黒い瞳トレパークヴォルカの舟歌バーバヤガーの小屋〜キエフの大きな門 この録音で用いられた《Phase 4 Stereo》はDeccaが1960年代初頭、他社に先駆けて導入した20チャンネル・マルチトラック収録。メカ好きで有名だったストコフスキーはポピュラーやイージー・リスニングの分野で採用されはじめていたPhase 4 Stereo(フェイズ・フォー・ステレオ)方式を自身の録音に応用しようと提案。そのため、レコーディング・スタッフもDeccaの通常のクラシック収録とは違う、専門チームが当たったといいます。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 通販レコードのご案内JP LONDON K15C9087-8 クナツパーツブッシュ/ウィーン・フィル ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」第1幕/ヴェーゼンドンクの歌(第4面)今もって絶大な人気を誇るドイツの名指揮者ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)の数少ないDECCAのステレオ音源から、代表盤のひとつであるワーグナー作曲《ヴァルキューレ》第1幕。クナッパーツブッシュは、ワーグナーの聖地バイロイトで開催される「バイロイト音楽祭」に於いて、1951年~60年代前半までほぼ毎年登場し、数々の伝説的名演を残したことで広く知られています。この楽劇《ヴァルキューレ》第1幕の録音にあたっては、当時のDECCAの名プロデューサー、ジョン・カルショウが、稀代のワーグナー歌手として君臨するも、1953年にはオペラの舞台から引退していた晩年のキルステン・フラグスタート(ソプラノ)を説得を重ねて起用した貴重な録音ということでも当時話題になりました。なお、第4面には、20世紀最高のワーグナー・ソプラノの一人と言われるキルステン・フラグスタートの《ヴェーゼンドンク歌曲集》を収録。クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルの美しい伴奏と共に感銘深い歌唱を聴かせてくれます。名歌唱の数々は、美しさ、スケール、洗練のすべてにおいて非の打ちどころがなく、録音当時62歳だったとは思えない、圧倒的な完成度を持って描かれています。 1956年6月(ヴェーゼンドンク歌曲集)、1957年10月ウィーン、ゾフィエンザール録音。 キルステン・フラグスタート(ジークリンデ:ソプラノ)、セット・スヴァンホルム(ジークムント:テノール)、アルノルト・ヴァン・ミル(フンディング:バス)オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 通販レコードのご案内JP LONDON L25C-3033 ショルティ シカゴ交響楽団 ムソルグスキー・展覧会の絵/ラヴェル・クープランの墓ムソルグスキーの独創的なピアノ作品をラヴェルが華麗にオーケストレーションした『展覧会の絵』。迫力満点のオーケストラの醍醐味がたっぷりと味わえる一枚。1980年録音の本盤演奏はロシア指揮者による土俗っぽいものではなく、かと言って洒落たものでもないけれど、ショルティの研ぎ澄まされたバランス感覚とヴィルトゥオーソ集団のシカゴ響による完璧なアンサンブルにより、重量感と透明感が同居した圧倒的な演奏です。1980年5月5-8日シカゴ、メディナ・テンプル録音。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで (さらに…)...
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名曲名盤縁起 アラウのバッハ演奏から発散された明るい香気 J.S.バッハ〜パルティータ第2番より「サラバンド」

名曲名盤縁起 アラウのバッハ演奏から発散された明るい香気 J.S.バッハ〜パルティータ第2番より「サラバンド」

南米出身の名ピアニスト・アラウ没 ― 1991年6月9日 誰が決めたかは定かで無いが、「南米生まれの3大ピアニスト」がいる。アルゼンチンのマルタ・アルゲリッチとダニエル・バレンボイム、そして1991年の今日他界したチリのクラウディオ・アラウだ。アラウは十代前半でヨーロッパに渡り、ベルリンの音楽院で才能を磨いたせいか、大得意にしたリスト以外では、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ブラームスと並ぶドイツ正統派のレパートリーに、ドイツ人以上にドイツ的な演奏を聴かせた。 パルティータ(Partita)【1726~31年作曲】  この作品は「イギリス組曲」や「フランス組曲」と同様、クラヴィーアのための大組曲集である。1726年から作曲され、個別に出版してきた作品を1731年にまとめて出版したと言われているがはっきりとは分かっていない。この作品は傑作として名高い上に演奏難度が高く、出版当時から多くの賞賛を得続けてきた。  例えば19世紀のバッハ研究の音楽学者であったフォルケルも「美しく、響き豊かで表情に富み、いつまでも新鮮さを失わない」と賞賛している。ちなみにパルティータとは組曲とほぼ同じ意味であるが、バッハ自身は組曲よりもパルティータの方がより自由度が高いものと考えていたようである。  アラウが最後に録音したのは、ドイツ音楽の開祖といえる大バッハの《パルティータ集》だったので、彼の白鳥の歌として第2番の「サラバンド」を聴こう(YouTube動画の13分51秒から)。バッハのパルティータは性格の異なる舞曲を幾つか並べた組曲形式の音楽。この「サラバンド」は荘重な音楽だが、どこかラテン的な趣がある。アラウの演奏から明るくほのかな香気が立ち上るのは、南米人ならではのリリシズムのせいであろう。 (さらに…)...
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永遠の定番 モーツァルトを得意としているPHILIPSレーベルから イングリット・へブラーの名盤〜ソナタ、協奏曲

永遠の定番 モーツァルトを得意としているPHILIPSレーベルから イングリット・へブラーの名盤〜ソナタ、協奏曲

永遠に定番として君臨する演奏イングリッド・ヘブラーほど、その主要レパートリーをモーツァルトに特化して演奏をし続けているピアニストは稀であるといえよう。彼女自身モーツァルトと同じオーストリア出身と云うことも関係しているのかもしれません。 西欧の肖像画では衣装に細かく美しいレースの刺繍が施されている絵を多く見るが、ヘブラーの演奏はまさに細く輝く糸で精巧に編まれた刺繍細工を見ているような気持ちにさせてくれる。 まるでモーツァルトを際立たせるかのように、丹念に、丹念に彼の作品を美しく飾ることに専念している。音楽性と技巧をひたすらモーツァルトの音楽に奉仕させるという姿勢を貫いている。 録音セッションの合間の食事のときでも、ヘブラー心はここにあらず、さっさと自分の部屋に引き上げると、夜起き出して、ホールで自己鍛錬に集中するアーティストだ。その潔さとあくまでも古典派の音楽へのアプローチとしての自由自在な表現が円熟期を迎えた彼女の到達しえた解釈なのだろう。ただ1986〜1991年にデジタル録音された2度目のソナタ全集とは、LPレコード時代の1960年代の彼女の演奏は面持ちが違う。ここでのモーツァルトは決して枯淡の境地的なものではなく、むしろ清冽な響きで奏でた瑞々しい音楽が印象的だ。録音は素晴らしい、永遠に定番として君臨すると思います。通販レコードのご案内NL PHILIPS 6500 054 シェリング&ヘブラー モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタKV377,KV378モーツァルト弾きとして不動の地位を築いていたイングリッド・ヘブラーを招いて、これまた絶頂期のヘンリク・シェリングが、のびやかで美しい音色で聴かせるモーツァルト。この二人の演奏は激しさとかテクニックを誇示することなどとは全く無縁で、心躍るようなことはありません。実に音楽そのものの美しさを味わうことができます。【収録曲】 ヴァイオリン・ソナタ第33番 ヘ長調K.377 ヴァイオリン・ソナタ第34番 変ロ長調K.378オーダーはリンク先の詳細掲載ページで フィリップスの暖かい録音通販レコードのご案内NL PHILIPS A02322L イングリッド・ヘブラー モーツァルト ピアノソナタ選集第11番/第9番/第8番イングリット・ヘブラーは本盤1960年代フィリップスに録音したモーツァルトのピアノ作品全集の素晴らしさで知られている。刺繍職人の素晴らしい細工が、いつまでも輝きを放ち、色褪せることのないように、何の不足もない。ヘブラーの玉を転がすようなタッチが美しいし、フィリップスの暖かい録音もいい。録音はヘブラーが丹念に、さらに丹念に練習し、納得ゆくところで進められてゆく。彼女が練習の間はレコーディング・スタッフはただひたすら待つのみである。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで スタインウェイ・ピアニストとしての面目躍如通販レコードのご案内NL PHILIPS 835 392AY ヘブラー&ディヴィス モーツァルト・ピアノ協奏曲13&11番ピアノ協奏曲全集は4人の指揮者と共演。エドゥアルト・メルクス、アルチェオ・ガリエラ、ヴィトルド・ロヴィツキ、コリン・デイヴィス。メルクスとは初期の協奏曲、ガリエラとの中期、ウィーンで自らもピアニストして演奏も披露した後期作品をロヴィツキとデイヴィスで分け合っている。ヘブラーの外連味のない、爽やかで健康的なアプローチ、実に堂々としたモーツァルトであることは、繰り返し聴いていて楽しいし、大変に貴重なものだ。幸福感一杯だ。コリン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団との録音からは、カッチリとした、いかにもスタインウエイの音色がする。作品番号を追って聴くと、指揮者によってピアノの音色が異なることに気が付く。編成の規模も変わることによることもあろうが、ピアノ製造年代の違いによるものもあろうことかと、スタインウェイ・ピアニストとしての面目躍如をLPレコードに示し、残してくれたことが嬉しい。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで (さらに…)...
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イメージから程遠くドラマティック過ぎる◉フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル◯ベートーヴェン・交響曲6番「田園」

イメージから程遠くドラマティック過ぎる◉フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィル◯ベートーヴェン・交響曲6番「田園」

そこがフルトヴェングラーの悪い癖、いや、超スローテンポが次第に加速していく意思的な表現になっているところがフルトヴェングラーらしい。 ピリオド楽器演奏や、ベートーヴェン時代の音楽習慣が研究されて、それを反映した現代の演奏に慣れきると、巨大なスケールに驚かされる。この曲の持つ一般的イメージからはほど遠い・深刻かつ重い表現です。  極めて遅いテンポで、じっくりと始まって徐々に巨大に高揚していく。特に第1楽章と第2楽章は異様に思えるほどにテンポが遅い表現で、一部評論家からはフルトヴェングラーの「田園」はドラマティック過ぎるという評が昔出ていたほどだが、それも頷ける。しかし、音楽が停滞したりもたれると感じることは全く有りません。  先輩格のニキッシュから習得したという指揮棒の動きによっていかにオーケストラの響きや音色が変わるかという明確な確信の元、自分の理想の響きをオーケストラから引き出すことに成功していったフルトヴェングラーは、次第にそのデモーニッシュな表現が聴衆を圧倒する。当然、彼の指揮するオペラや協奏曲もあたかも一大交響曲の様であることや、テンポが大きく変動することを疑問に思う聴衆もいたが、所詮、こうした指揮法はフルトヴェングラーの長所、特徴の裏返しみたいなもので一般的な凡庸指揮者とカテゴリーを異にするフルトヴェングラーのキャラクタとして不動のものとなっている。  全く機械的ではない指揮振りからも推測されるように、楽曲のテンポの緩急が他の指揮者に比べて非常に多いと感じます。しかし移り変わりがスムーズなため我々聴き手は否応なくその音楽の波に揺さぶられてしまうのである。  フルトヴェングラーはブラームスを評して「非常に客観的な音楽家」といい、「音楽における客観とは、音楽と精神、精神と音楽が結び付いてひとつになった時に起こるのである」といっています。この偉大な指揮者はブラームスの音楽は彼の哲学そのものであると喝破したのです。それは、そのままベートーヴェンにも当てはまり。それがドイツの交響曲に対する彼の表現方法なのだろう。  ここでは弦楽器の美しいウィーン・フィルの特質が活き、十分に歌わせ柔らかく艶やかな音色が音楽に寄り添って、かつての田園風景に誘います。超スローテンポで始まる前半。第2楽章が特に遅い。一方、第5楽章は次第に少しずつ速くなっていってしまう。しかし、それはテンポを支える内容の濃さを持っている事にほかならない。  フルトヴェングラーの音楽を讃えて、「音楽の二元論についての非常に明確な観念が彼にはあった。感情的な関与を抑制しなくても、構造をあきらかにしてみせることができた。彼の演奏は、明晰とはなにか硬直したことであるはずだと思っている人がきくと、はじめは明晰に造形されていないように感じる。推移の達人であるフルトヴェングラーは逆に、弦の主題をそれとわからぬぐらい遅らせて強調するとか、すべてが展開を経験したのだから、再現部は提示部とまったく変えて形造るというような、だれもしないことをする。彼の演奏には全体の関連から断ち切られた部分はなく、すべてが有機的に感じられる。」とバレンボイムの言葉を確信しました。これが没後半世紀を経て今尚、エンスーなファンが存在する所以でしょう。 通販レコードのご案内フルトヴェングラーだけが成し得た、人間感情の吐露が神々しさと凌ぎ合っているところに魅力を覚えるのです。《仏ラージ・ドッグ・セミサークル盤》FR VSM FALP30038 フルトヴェングラー ベートーヴェン・交響曲6番「田園」 戦後のスタジオ録音でフルトヴェングラーの録音の中では音が良い。 ― 一概にフルトヴェングラーの音が悪いというのは、演奏された響きに対して録音の響きが浅いのだ。 ― フルトヴェングラーの EMI 録音のなかでは音の彫りが深く、ヌケが良くウィーン・フィルの弦楽、木管、ホルン等が美しく聴こえます。フルトヴェングラーの音に悩まずに済むレコードです。スタジオ録音。プロダクト品番34-7751レコード番号FALP30038作曲家ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンオーケストラウィーン・フィハーモニー管弦楽団指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー録音種別MONO1952年録音。 販売レコードのカバー、レーベル写真 "LARGE DOG IN SEMI-CIRCLE" WITH SILVER LETTERING, MONO 1枚組(160g)。コンディションジャケット状態M-レコード状態EX製盤国FR(フランス)盤通販レコード詳細の確認、特別価格での購入手続きは品番のリンクから行えます。オーダー番号34-7751特別価格4,400円(税込)通常価格5,500円(税込)詳細の確認、購入手続きは品番のリンクから行えます。プライバシーに配慮し、会員登録なしで商品をご購入いただけます。梱包には無地のダンボールを使用し、伝票に記載される内容はお客様でご指定可能です。郵便局留めや運送会社営業所留めの発送にも対応しております。 (さらに…)...
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爽快な演奏で胸がすく英EMIの3名盤 故国の作曲家ではないけれど、だからこそか新鮮な解釈で全集レコーディングに発展した。

爽快な演奏で胸がすく英EMIの3名盤 故国の作曲家ではないけれど、だからこそか新鮮な解釈で全集レコーディングに発展した。

アレクシス・ワイセンベルクによるショパンの若き日の傑作。通販レコードのご案内FR VSM 2C069-10.445 ワイセンベルク ショパン:ピアノ協奏曲1番華麗でしかも憂愁な気品に充ちた作品を、ブルガリア出身のピアニスト、ワイセンベルクが、ロマンティックな情感を込めながらも颯爽として若々しく、力強さに溢れた輝きを放つ名盤です。ポーランドの名指揮者スクロヴァチェフスキとパリ音楽院管弦楽団の柔らかい響きもワイセンベルクの明るい音色と見事にマッチしています。明快で美しく、力強いタッチで独特の爽快感を生みだしていたワイセンベルクが、おおよそ十年の演奏活動休止後の1967年フランスに活動拠点を構え収録したショパンの《ピアノ協奏曲第1番ホ短調作品11》。ワイセンベルクが38歳、現在長老のスクロヴァチェフスキがまだ44歳のときのもので、ワイセンベルクはこの頃から暫くカラヤンとピアノ協奏曲の有名曲の数々をベルリン・フィルとEMIに録音する全盛期を迎えつつある頃。ここでは一音たりとも無駄にせず音化していく「レントゲン写真のような演奏」とよく評されるスクロヴァチェスキとは雰囲気は異なっている。オーケストラはパリ音楽院管弦楽団だが、クリュイタンス亡き後、ショパンやベルリオーズ、ワーグナーが若い頃に、ベートーヴェンの交響曲全曲初演のために設立されたパリ・コンセルヴァトワールの管弦楽団を解散して1967年に改組された。日本語表記ではそっくりだが、この際に団員の2/3が去っており、楽団のカラーもアンサンブル重視の近代的なものに一変したばかり。ワイセンベルクのハードボイルド的なルックスがマッチして聴こえる、一音一音はっきり粒立ちした音色で説得感溢れる「男前」のショパンの《ピアノ協奏曲》に仕上がっている。オーケストラはそれを、厚みのあるサウンドでしっかりサポートしており、ショパンのオーケストレーションの貧しさは感じさせない。 Recorded: Ⅻ.1967, Salle Wagram, Parisオーダーはリンク先の詳細掲載ページで 「伝説の名演」通販レコードのご案内GB EMI SLS851 バルビローリ/ニュー・フィルハーモニア管/ベルリン・フィル マーラー 交響曲6番/9番マーラー交響曲9番はベルリン・フィルにとって曰く付きの曲と言っていい。1963年にバルビローリが客演指揮した際、ベルリン・フィルの楽団員がその音楽の素晴らしさに感動し、楽団員全員の希望により実現したのがこの録音。ドイツ・グラモフォン専属であったベルリン・フィルが当時EMIに録音する事は極めて異例なことで、またイギリス人の指揮者がベルリン・フィルと録音するのは、1937年のサー・ビーチャム以来の事であったそうです。バルビローリ自身もこれがベルリン・フィルとの唯一の録音となりました。そして、この録音を凌駕する演奏はまず有り得ないという事で、その後どの指揮者もこの曲を意識的に避けるようになったという「伝説の名演」だという事です。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで ホールトーンにアナログの雰囲気が良く出ている通販レコードのご案内GB EMI SLS5044 ベルグルンド/ボーンマス響 ショスタコーヴィチ 交響曲第5番/第10番左手に指揮棒を持つことでも有名なパーヴォ・アラン・エンゲルベルク・ベルグルンドは、ヘルシンキ生まれのフィンランドの指揮者。交響曲の楽譜校訂までおこなうほどの研究の徹底ぶりと細密なアプローチでもってシベリウス演奏のスペシャリストとして特に有名でしたが、実際のレパートリーは幅広く、ショスタコーヴィチやヴォーン=ウィリアムズといった作品も積極的にとりあげ、見識ある演奏を聴かせていました。ベルグルンドは1972年から1979年まではボーンマス交響楽団の首席指揮者に在任し、最初のシベリウス交響曲全集や本盤ショスタコーヴィチの交響曲録音。ボーンマス響の活力ある演奏ぶりは爽快で小気味良い。オーケストラには少々演奏に粗さはありますが、スケールの大きさは魅力です。良いオーケストラですね。録音も優秀。ホールトーンにアナログの雰囲気が良く出ていると思います。1975年7月サザンプトン、ギルドホールでの録音。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで (さらに…)...
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真空管アンプで楽しみたい名曲名盤レコード〜オリンピックなら金メダル級のデッカ・ロンドンのベスト100 定番16〜20

真空管アンプで楽しみたい名曲名盤レコード〜オリンピックなら金メダル級のデッカ・ロンドンのベスト100 定番16〜20

往年のまさに定盤中の定盤として一世を風靡した盤の日本国内初出盤。アナログ的で引き締まった密度のある音と音色で、楽音も豊か。情報量が多く、対旋律の細部に至るまで明瞭に浮かび上がってくる。高域は空間が広く、光彩ある音色。低域は重厚で厚みがある。オーケストレーションが立体的に浮かび上がる。モノクロではなくこんなにカラフルで立体的な音響。 再生音だけではなく、半世紀以前制作盤とは思えない状態と豪華装丁には驚かれるとおもいます。ハンドメイドの余韻が感じられます。是非英国オリジナル盤所有する方、比較試聴して頂きたい。低評価に放置されていた国内最初期盤に、こんな良い音刻まれていたのか!と吃驚する。 通販レコードのご案内JP LONDON SLC6027 シュミット=イッセルシュテット/ウィーン・フィル ベートーヴェン 交響曲第6番「田園」/エグモント序曲自然に対する讃美をのびやかに再現した《田園》。ベートーヴェン屈指の人気曲をドイツの名指揮者シュミット=イッセルシュテットが名門ウィーン・フィルを指揮し、ドイツ音楽の伝統を踏まえた演奏で再現しています。録音はハイファイとして評価が高かった当時の英デッカの特徴である、高音弦のややきらびやかなサウンドに仕上がっています。1967年4月ウィーン録音。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 通販レコードのご案内JP LONDON SLB43 アンセルメ/スイスロマンド管 チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」-ハイライツアンセルメが最も得意としたロマンティック・バレエを代表する《白鳥の湖》の聴きどころを一枚に収めたアルバム。古今東西のバレエ音楽の中でも最も普遍的な人気を獲得している名作が、チャイコフスキーの作曲した3作品です。スイス生まれの大指揮者アンセルメが録音した、名盤の誉れ高い全曲盤からの抜粋。「バレエ音楽の神様」と呼ばれたアンセルメの豊富な経験に裏付けられた巧みな演奏は、華やかな舞台を彷彿とさせる楽しさに満ちています。1959年6月ジュネーヴ、ヴィクトリア・ホール録音。どこの国の音楽を演奏するときでも、オーケストラは、常に美しく高鳴らなければなりません 1978年の夏にスイスを訪れた志鳥栄八郎に、スイスの音楽関係者のひとりが、こう言ったとのことだ。「いまスイスの音楽界は、太陽が沈んで、暗闇の状態です。」この太陽がエルンスト・アンセルメであることはいうまでもない。  これほど、生前のアンセルメの存在は巨大だったし、その功績も、はかりしれないものがあったのである。だからこの、アンセルメ没後10年を記念して、ジュネーブで“アンセルメ国際指揮者コンクール”が開かれるようになった。  アンセルメは、1883年にスイスのヴェヴェイで生まれ、1969年の2月に、86歳の天寿をまっとうした、スイスの誇る世界的な大指揮者である。青年時代に数学を学んだが、その後、指揮者の道を選び、1918年にスイス・ロマンド管弦楽団を創設し、1968年の秋に勇退する約50年の間に、このオーケストラの実力を世界的な水準にまで引き上げたのであった。ひとりの指揮者が、約半世紀も同じオーケストラを指揮するということは、驚倒すべき記録で、歴史上、まだ数人しかその例を見ない。アンセルメにとって、スイス・ロマンド管弦楽団は、まさに、自在に演奏できる“愛器”のようなものだったのである。  彼は、世紀のバレエ興行師と言われたバレエ・リュッスの主宰者ディアギレフと親交を結んでから、ドビュッシー、ラヴェル、オネゲル、マルタンらとも親しくなり、こうした一流の作曲家たちの作品を、数多く初演している。こうしたところをみても、この巨匠の体には、近代・現代音楽の歴史が、深く彫り刻まれていたといってよい。  アンセルメは、フランス、スイス、イタリア、スペイン、ロシアの音楽を得意としていたが、ドイツ音楽にも深い理解を示していた。そして、これらの音楽を、いつも客観的な態度で見つめ、精密な設計で組み立て、表情豊かに、しかも光彩陸離にまとめあげるのを得意としていた。  彼は、2度来日しているが、亡くなるわずか半年前の1968年の夏に来日した時、アンセルメと京都を旅した志鳥は、その時アンセルメが語った、「ラテン系の音楽とゲルマン系の音楽とでは、もちろん、音楽の内容も、また響きも、大いに違います。しかし、どこの国の音楽を演奏するときでも、オーケストラは、常に美しく高鳴らなければなりません」といった言葉を、思い出すということだった。このように巨匠は、いつも〝美しい響き〟を追究していた人なのであった。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 1.比類なき広大な周波数レンジ(10Hz~35KHz)、2.めざましいトランジェント特性(卓越した解像度)、3.迫真のエネルギー感(瞬発力ある圧倒的な迫力)、4.低歪率(清澄な透明感、混濁のない音質)、5.アナログの精密度(キメが細かい、なめらかな肌触り)等のクオリティを有し、特別高品質材料を使用した超重量レコード(180g)に特別限定プレスと謳われた宣伝文句は30年前は「誇大広告」と不審に思いましたが、オーディオ装置止揚した故か、やはり一級のオーディオファイル盤として再認識。超一流アーティストで構成した、クラシックのベーシック・ライブラリー。DECCA黄金時代の名盤が勢揃い。 通販レコードのご案内JP LONDON SLC4473 スタンリー・ブラック/ロンドン・フェスティヴァル管弦楽団と合唱団 大いなるロシア!フェイズ4の華やかな録音が世界各国の美しいメロディーをさがしました。楽しいお国めぐり、今回は……1960/70年代に君臨したムード・ミュージックの雄、スタンリー・ブラック。ロシアものともなれば極めつけ。ロシア民謡をはじめとするお馴染みの旋律が雄大なサウンドに変身。こういう徹底して真剣にドラマティックな造り方は、今となっては生れ得ない貴重なもの。とくに東西という枠組がなくなりつつある現在では。Side-1メドウランド二つのギターモスコーの夜は更けてバラライカでSide-2剣の舞黒い瞳トレパークヴォルカの舟歌バーバヤガーの小屋〜キエフの大きな門 この録音で用いられた《Phase 4 Stereo》はDeccaが1960年代初頭、他社に先駆けて導入した20チャンネル・マルチトラック収録。メカ好きで有名だったストコフスキーはポピュラーやイージー・リスニングの分野で採用されはじめていたPhase 4 Stereo(フェイズ・フォー・ステレオ)方式を自身の録音に応用しようと提案。そのため、レコーディング・スタッフもDeccaの通常のクラシック収録とは違う、専門チームが当たったといいます。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 通販レコードのご案内JP LONDON K15C9087-8 クナツパーツブッシュ/ウィーン・フィル ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」第1幕/ヴェーゼンドンクの歌(第4面)今もって絶大な人気を誇るドイツの名指揮者ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)の数少ないDECCAのステレオ音源から、代表盤のひとつであるワーグナー作曲《ヴァルキューレ》第1幕。クナッパーツブッシュは、ワーグナーの聖地バイロイトで開催される「バイロイト音楽祭」に於いて、1951年~60年代前半までほぼ毎年登場し、数々の伝説的名演を残したことで広く知られています。この楽劇《ヴァルキューレ》第1幕の録音にあたっては、当時のDECCAの名プロデューサー、ジョン・カルショウが、稀代のワーグナー歌手として君臨するも、1953年にはオペラの舞台から引退していた晩年のキルステン・フラグスタート(ソプラノ)を説得を重ねて起用した貴重な録音ということでも当時話題になりました。なお、第4面には、20世紀最高のワーグナー・ソプラノの一人と言われるキルステン・フラグスタートの《ヴェーゼンドンク歌曲集》を収録。クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルの美しい伴奏と共に感銘深い歌唱を聴かせてくれます。名歌唱の数々は、美しさ、スケール、洗練のすべてにおいて非の打ちどころがなく、録音当時62歳だったとは思えない、圧倒的な完成度を持って描かれています。 1956年6月(ヴェーゼンドンク歌曲集)、1957年10月ウィーン、ゾフィエンザール録音。 キルステン・フラグスタート(ジークリンデ:ソプラノ)、セット・スヴァンホルム(ジークムント:テノール)、アルノルト・ヴァン・ミル(フンディング:バス)オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 通販レコードのご案内JP LONDON L25C-3033 ショルティ シカゴ交響楽団 ムソルグスキー・展覧会の絵/ラヴェル・クープランの墓ムソルグスキーの独創的なピアノ作品をラヴェルが華麗にオーケストレーションした『展覧会の絵』。迫力満点のオーケストラの醍醐味がたっぷりと味わえる一枚。1980年録音の本盤演奏はロシア指揮者による土俗っぽいものではなく、かと言って洒落たものでもないけれど、ショルティの研ぎ澄まされたバランス感覚とヴィルトゥオーソ集団のシカゴ響による完璧なアンサンブルにより、重量感と透明感が同居した圧倒的な演奏です。1980年5月5-8日シカゴ、メディナ・テンプル録音。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで (さらに…)...
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永遠の定番ピックアップ マルケヴィッチ、ヘブラー、セルの入魂の名演 わたしたちは過去の遺産の恩恵を享受している

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1972年の恩師ディアギレフの生誕100年を記念して録音したロシア・バレエ団のために書かれたバレエ音楽集通販レコードのご案内FR GUILDE SMS5227/28 マルケヴィチ モンテカルロのセルゲイ・ディアギレフ鋭い眼光と長い指揮棒を駆使し、楽員を一糸乱れず統率し、楽曲を切れ味鋭く、聴かせどころの盛り上げをダイナミックに表現した凄さでマニアに大人気の20世紀を代表する名指揮者、イーゴリ・マルケヴィチ(1912.7.27~1983.3.7)。ピアノをコルトーに、和声と作曲をナディア・ブーランジェに学びました。 ロシア・バレエ団の主宰者ディアギレフに依頼されたピアノ協奏曲(1929年作)で、作曲家としてデビュー。1930年、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で自作を振って指揮者デビュー。その後ヘルマン・シェルヘンに指揮法を師事し、本格的に指揮活動に入りました。日本へも度々来演し、1960年の旧日本フィルへ客演した際のストラヴィンスキーの“春の祭典”の名演は語り草となっています。本盤は、1972年の恩師ディアギレフの生誕100年を記念して録音したロシア・バレエ団のために書かれたバレエ音楽集。 セルゲイ・ディアギレフはロシアの芸術プロデューサーで、ニジンスキーを擁した伝説のバレエ団「バレエ・リュス」の創設者として歴史に名を残しています。ストラヴィンスキー「火の鳥」や「春の祭典」、ラヴェル「ダフニスとクロエ」など数多くの委嘱作品を世に送り出し、バレエを総合芸術に高めた偉人です。そのディアギレフの晩年に若きマルケヴィッチは薫陶を受けており、バレエ・リュスとゆかりの深いモンテカルロ管を率いて収録した本作に対する思い入れは特別なものがあったでしょう。ロシア音楽を得意とするマルケヴィッチがあえてフランスのバレエ作品だけをセレクトした通好みの2枚組です。かつて世界最大のレコード通販会社として君臨したコンサートホール・ソサエティ(略称CHS)は、スイスを本拠地として、英米独仏だけでなく遠くアジアの日本などに販売網を広げていました。残念ながら経営に行き詰まり、70年代前半倒産しましたが、EMI、DECCA、COLUMBIAと云ったメジャーレーベルから漏れた隠れた演奏には名演も多く、貴重な文化遺産となっています。このGUILDE INTERNATIONALE DU DISQUEは、CHSのフランス版で、クオリティに差はありません。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで スタインウェイ・ピアニストとしての面目躍如通販レコードのご案内NL PHILIPS A02322L イングリッド・ヘブラー モーツァルト ピアノソナタ選集第11番/第9番/第8番イングリッド・ヘブラーほど、その主要レパートリーをモーツァルトに特化して演奏をし続けているピアニストは稀であるといえよう。彼女自身モーツァルトと同じオーストリア出身と云うことも関係しているのかもしれません。 西欧の肖像画では衣装に細かく美しいレースの刺繍が施されている絵を多く見るが、ヘブラーの演奏はまさに細く輝く糸で精巧に編まれた刺繍細工を見ているような気持ちにさせてくれる。 まるでモーツァルトを際立たせるかのように、丹念に、丹念に彼の作品を美しく飾ることに専念している。音楽性と技巧をひたすらモーツァルトの音楽に奉仕させるという姿勢を貫いている。イングリット・ヘブラーは本盤1960年代フィリップスに録音したモーツァルトのピアノ作品全集の素晴らしさで知られている。刺繍職人の素晴らしい細工が、いつまでも輝きを放ち、色褪せることのないように、何の不足もない。ヘブラーの玉を転がすようなタッチが美しいし、フィリップスの暖かい録音もいい。録音はヘブラーが丹念に、さらに丹念に練習し、納得ゆくところで進められてゆく。録音セッションの合間の食事のときでも、ヘブラー心はここにあらず、さっさと自分の部屋に引き上げると、夜起き出して、ホールで自己鍛錬に集中するアーティストだ。彼女が練習の間はレコーディング・スタッフはただひたすら待つのみである。その潔さとあくまでも古典派の音楽へのアプローチとしての自由自在な表現が彼女の到達しえた解釈なのだろう。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで 驚くべき透明さや精緻とバランスを持っている美の結晶・セルが追い求めた理想のモーツァルト通販レコードのご案内US COLUMBIA MS6858 セル/クリーブランド管 モーツァルト 交響曲第28番/第33番/フィガロの結婚序曲セルの最大の業績はオハイオ州の地方都市クリーブランドのオーケストラを、大都会のニューヨーク、ボストン、シカゴ、ロサンゼルス各オーケストラに比肩する、いや場合によっては凌駕する全米屈指の名門オーケストラに育て上げたことではないでしょう。その演奏スタイルは独裁者と揶揄されたセルの芸風を反映して、驚くべき透明さや精緻とバランスを持って演奏することであったという。セルはまたオーケストラのある特定のセクションが目立つことを嫌い、アンサンブル全体がスムーズかつ同質に統合されることを徹底したとも云う。こうしたセルの演奏からまず伝わってくるのは、あたりを払うような威厳であり、作品の本質を奥底まで見つめようとする鋭い視線が窺える。絶頂期のクリーヴランド管弦楽団の音色の美しさも特筆すべきもので、オーケストラ全体がまるでひとつの楽器のように聴こえます。音がギッシリ詰まって密度が高い証左か、とにかく、セルの棒にかかると、実に格調高く、またスケールの大きなものとなる。さらに、旋律の歌わせ方などは、セルがハンガリー出身であることも思い出させてくれます。ここに西側の指揮者は真似できない何かが有ります。 カラヤンがクリーブランドで、セルがベルリンで指揮をしていたとしたら、今聞くクラシック音楽のイメージは変わっていたか。セルと同時期に活躍した指揮者といえばマリナー、クレンペラー、ベーム、カラヤンは交響曲全集を残したモーツァルト振りだった。彼らの演奏したモーツァルト演奏は今日において重要な名盤、名演のガイドラインであることに間違いない。 今日においてベートーヴェンも大オーケストラで演奏するよりも小オーケストラで演奏する機会が非常に多いわけだが、先駆けとして彼らの演奏があって、スタンダードになったと言っても良いだろう。 ジョージ・セルはオーストリア=ハンガリー帝国時代のブタペストで生まれました。3歳からウィーン音楽院でピアノ、指揮、作曲を学び、11歳でモーツァルトのピアノ協奏曲を弾いてピアニストとしてデビュー。ヨーロッパ各地へ演奏旅行を行い、自作曲も披露、「モーツァルトの再来」とも評されます。作曲家・指揮者だったリヒャルト・シュトラウスに認められ、ベルリン国立歌劇場のアシスタント指揮者となったのは、18歳のとき。オーストラリアへの演奏旅行の帰途に第二次世界大戦が勃発、トスカニーニの援助でNBC響の客演指揮者として迎えられる形でアメリカにとどまり、帰国をあきらめざるを得なかった。 戦後早々にクリーヴランド管弦楽団の音楽監督に就任。経営陣から一切のマネジメントの権限を手に入れたセルは大改革を行います。楽団員の半分以上を解雇し、罵声を浴びせながらも徹底した訓練を行い、10年足らずで世界第一級のオーケストラに育て上げました。 そんな怖いセルがウィーン・フィルの客演に招かれたときのエピソードは有名です。ウィーン・フィルの団員たちが、彼の指揮に対して勇気を出して文句をつけたときのこと、セルはきっぱりとこう言ったそうです。わたしは諸君に招かれてきた。だから諸君は私を追い出すこともできる。つまり二つの道がある。諸君の馴染んだやり方でやるか、わたしのやりたいようにやるか。わたしは最初のやり方に賛成しない。だから第二の道しかないわけだ!感情移入を行わない禁欲的で厳密な解釈と終身雇用が日常だった日本では特に「冷徹な」指揮者とする評価が、米COLUMBIAの日本での発売元が、CBSソニーになったことも相まって、マイナスのイメージもあったが、楽譜に書かれている指示に正直であれば、作曲家のイメージした音楽が顕現するのです。 ギルドシステムの強かったアメリカの楽団スタイルを、固定メンバーとし、オーディションを勝ち抜いた精鋭たちによって構成したことでカラヤンのベルリン・フィルでもできなかった、セルが追い求めた理想のモーツァルト像を実現した。 経営難にあったクリーヴランド管に、リヒャルト・シュトラウス時代の大編成は望むことはできなかったろうが、小編成であるが故緩やかな楽章での色彩豊かなアンサンブル、疾走感あふれる演奏で響きが引き締まり、強靭さが増すことをリヒャルト・シュトラウスから学んだことでもあったのではないか。オーダーはリンク先の詳細掲載ページで (さらに…)...
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